日々の出来事や思うことを徒然と……
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長らく更新していなかったこのBlogだが、昨夜、私が以前から気になっている“審判問題”を象徴するジャッジがあったので、少しまとめてみる

昨夜の横浜球場で行われた横浜-阪神の15回戦で、5回裏にそれは起きた
2アウトでランナーはで二塁と三塁、ボールカウントが2-3からの安藤の投球
キャッチャーの前弾んだボールはファウルグラウンドを転々
矢野はバットに当たったのでファウルだから“ボールデッド”と判断、しかし審判は「バットに当たっておらず、安藤の暴投」と判断しインプレイとして処理
確かにバットに当たったかどうかを主審が見るには非常に難しい位置、塁審も距離があって見づらいだろう
バットに当たったかどうかは「音」で判断するしかない微妙なプレイだった
これに対し阪神は「三塁ベンチでも音が聞こえた」と主張
これが真実だとすれば、お粗末な誤審だが……
現在の私は「ミスジャッジも含めて野球」という考え方なので、これが「ミスジャッジだったかどうか」という判断はしたくない
ただ「4審判で協議した結果、バットに当たったことは確認できなかったので『ボール』としてプレーを再開します」というアナウンスはいただけない
自信を持って「当たっていない」とアナウンスすれば、まだ私も弁護してあげたのだが……
ミスジャッジでも審判が判定するジャッジは最終判断、ならば「当たっていない」というジャッジをする以上は、その通り説明もしないとファンも納得できない(まぁどっちにしても阪神球団と阪神ファンは納得しなかっただろうが(^^;)
ミスジャッジをしてもいいということではない
ミスジャッジはない方がいいに決まっているし、もしそれが許容されてしまったら、恣意的なジャッジが行われる可能性もゼロではない
しかし必死でジャッジしたあげくの「やむを得ない」ミスジャッジは、それを寛容に見る目も求められるのかも知れない
一昔以前に比べて審判のレベルが落ちたというが、ジャッジそのものの技術と言うよりは、審判としての威厳を含めた“ハート”の部分でレベルが落ちているのではないだろうか?
もっとも、その“ハート”の部分なども含めて威厳を保つためにも、技術は磨かないといけないのだが……
そのことにより、見る側プレイする側も「心にゆとりを持って」試合に臨むことが出来るのではないだろうか

そしてもう一つの問題点
「結局当たったか当たっていないのか」を一番良く知るのは打者の石井
もし本当に「バットに当たっていない」のであれば、あのケースでは石井はすぐに一塁へ走って、矢野のプレイと本塁のクロスプレイの状況を見て、一塁ベースからさらに二塁を伺うのがセオリー
その石井が、ボールが大きく弾んだ直後に走る素振りすら見せていないのだから「バットに当たった」のは間違いない所だろう
その石井だが試合後、「ノーコメント」を貫いている
横浜の牛島監督もこのジャッジに関してはノーコメント
私が以前から指摘しているのがココだ
「正確なジャッジ」を求めている選手たちが、自分がミスジャッジで得をすると、途端に口をつぐむ
この二律背反がある限り、この審判問題は解決しないだろう
選手ら球団関係者は口を揃えて「正確なジャッジをして貰わないと野球にならない」という
だったら、審判が確認できない以上、一番正確な(というか真相を知っている)石井が、「バットに当たりましたよ」と一言言えばそれで万事解決したのである
もっとも、石井が自己申告していたとして、「さすがスポーツマン」と褒められるよりは、「バカ正直者」として呆れられたであろう

いろいろと考えさせられた試合だった

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